スピカ さんの日記
2022
12月
17
(土)
00:48
本文
土曜日は学校が午前中で終わったので
家に帰って昼ご飯をすませると自転車にまたがり
よく海のほうへ行ったものである。
住宅街を抜け、土手に上がり、河口を目指して
ひたすらペダルを漕いだ。
勉強のできない自意識過剰なやせっぽっちの少年は
いつも大人たちに腹を立てており、そして誰かに恋してた。
土手のあぜ道が途切れるあたりに自転車をとめると
石組みで出来た護岸へ降り、海へ続く石垣をぶらぶら歩いて
いつもの場所に腰を下ろして煙草を吸った。
当時は河口付近の対岸には出光興産のプラントがあって、
川が海と交わる辺り、その流れは静止しているように見えた。
風が流れると微かに潮の香りがして、ときどき水面を鯔が跳ねた。
少年は煙草をふかしながら思いを寄せるクラスメイトのことや
、どうやってギターを手に入れるかについて考えを巡らせ、
そのことに飽きるとポケットに入れてきた文庫本を読んだ。
あれはまだ何も始まってはいなかった頃のこと
少年はいつも、早く大人になって自分を縛るものから
自由になりたいものだと思っていた。
彼は焦がれ続けた大人の世界が自分の思い描いたものとは
ずいぶん違うと後に知ることになるのだけど、そのことで
絶望するということもなかった。
ただ諦めるということを知り、その代償のように何かを
失ってしまっただけである。
それは愁いを帯びた美しい眼差し。
それは胸の裡でキラキラと輝いていた遠い幻。
あれから幾星霜・・(^_^;)
H市駅前町にある、居酒屋のカウンター後ろの床に
丸田大福は大の字で寝ていた。
カウンターのみの狭い店なので大福が通路を
塞ぐかっこうになり、他の客にとっては甚だ邪魔である。
店主はどうにかしてくれと連れの者たちに泣きついている。
丸さん、丸さん、そんなところで寝たら迷惑になるので
とりあえず起きましょ。真知という者が大福を揺するが
大福、ピクリともしない。奈田という者が加勢し、
真知と二人で大福を抱え上げ移動させようとしてみたが
大福は身長187センチと無駄にデカいので、
小柄で非力な真知、奈田コンビではやはりピクリともしない。
困ったなあ、しかしこのおっさん、酒飲んだらいつも
所かまわず寝るなあ・・困ったなあ・・
ちびっこコンビが途方に暮れていると、
そこへ中本という幹事の男が鹿野という女を連れて
合流してきた。
中本と鹿野は正体をなくしている大福を見て
「またか」という顔をした。二人は仕方ないなぁ
という態で大福に近寄り、鹿野が大福のそばに
しゃがんで声を張り上げた。
「丸さーん、あんたの足元に1万円落ちてるでー」
大福、死んだままである。やはりピクリともしない。
「鹿野ちゃん、こいつは金にはあんまり反応せんのや」
そう言い、今度は中本が大福の耳元で銅鑼声を上げた。
「おーい丸田ぁ~、ものすごい美人が来たぞぉ~」
その瞬間、パチリと音をたてて大福の瞼が開いた。
「ほんまかあ~ 美人のねえちゃんはどこやぁ~」
丸田大福、「ものすごい美人」というワードに瞬時に覚醒し、
店を飛び出し紅灯の巷へと走り去っていったのであった。
さて丸田大福・・長い歳月は彼を堕落させたのか?
※丸田大福の中学時代の同級生、Aさんの述懐
丸田くんは不良グループに入っていたのでいつも手ぶらで
学校に来てました。しばらく体操服で登校していたことが
あったので「どうしたの?」って訊くと、「出入りが多くて
制服がボロボロになった」と言ってました。
「出入りってなに?」って訊くと「ケンカじゃボケ」と
怒られました。
学級新聞に詩を書いている変な不良でした。
※丸田大福の高校時代の友人、Bさんの述懐
丸田とは部活の軽音楽部で一緒でしたが、物静かな
雰囲気の男だったですね。学校のすぐ近くに短大の
テニスコートがあって、うちの学校の一部の生徒が
「見学」と称して短大のテニス部の練習をいつも
見に行っていました。私は彼らを学校の恥だと思って
いましたが、ある日、金網に張り付いて練習を
「見学」している丸田を見つけたときは
「ムッツリ助平」というのは此奴みたいな人間の
ことを言うのだなと妙に納得したことを覚えています。
作者注・いくらかはフィクションです。
家に帰って昼ご飯をすませると自転車にまたがり
よく海のほうへ行ったものである。
住宅街を抜け、土手に上がり、河口を目指して
ひたすらペダルを漕いだ。
勉強のできない自意識過剰なやせっぽっちの少年は
いつも大人たちに腹を立てており、そして誰かに恋してた。
土手のあぜ道が途切れるあたりに自転車をとめると
石組みで出来た護岸へ降り、海へ続く石垣をぶらぶら歩いて
いつもの場所に腰を下ろして煙草を吸った。
当時は河口付近の対岸には出光興産のプラントがあって、
川が海と交わる辺り、その流れは静止しているように見えた。
風が流れると微かに潮の香りがして、ときどき水面を鯔が跳ねた。
少年は煙草をふかしながら思いを寄せるクラスメイトのことや
、どうやってギターを手に入れるかについて考えを巡らせ、
そのことに飽きるとポケットに入れてきた文庫本を読んだ。
あれはまだ何も始まってはいなかった頃のこと
少年はいつも、早く大人になって自分を縛るものから
自由になりたいものだと思っていた。
彼は焦がれ続けた大人の世界が自分の思い描いたものとは
ずいぶん違うと後に知ることになるのだけど、そのことで
絶望するということもなかった。
ただ諦めるということを知り、その代償のように何かを
失ってしまっただけである。
それは愁いを帯びた美しい眼差し。
それは胸の裡でキラキラと輝いていた遠い幻。
あれから幾星霜・・(^_^;)
H市駅前町にある、居酒屋のカウンター後ろの床に
丸田大福は大の字で寝ていた。
カウンターのみの狭い店なので大福が通路を
塞ぐかっこうになり、他の客にとっては甚だ邪魔である。
店主はどうにかしてくれと連れの者たちに泣きついている。
丸さん、丸さん、そんなところで寝たら迷惑になるので
とりあえず起きましょ。真知という者が大福を揺するが
大福、ピクリともしない。奈田という者が加勢し、
真知と二人で大福を抱え上げ移動させようとしてみたが
大福は身長187センチと無駄にデカいので、
小柄で非力な真知、奈田コンビではやはりピクリともしない。
困ったなあ、しかしこのおっさん、酒飲んだらいつも
所かまわず寝るなあ・・困ったなあ・・
ちびっこコンビが途方に暮れていると、
そこへ中本という幹事の男が鹿野という女を連れて
合流してきた。
中本と鹿野は正体をなくしている大福を見て
「またか」という顔をした。二人は仕方ないなぁ
という態で大福に近寄り、鹿野が大福のそばに
しゃがんで声を張り上げた。
「丸さーん、あんたの足元に1万円落ちてるでー」
大福、死んだままである。やはりピクリともしない。
「鹿野ちゃん、こいつは金にはあんまり反応せんのや」
そう言い、今度は中本が大福の耳元で銅鑼声を上げた。
「おーい丸田ぁ~、ものすごい美人が来たぞぉ~」
その瞬間、パチリと音をたてて大福の瞼が開いた。
「ほんまかあ~ 美人のねえちゃんはどこやぁ~」
丸田大福、「ものすごい美人」というワードに瞬時に覚醒し、
店を飛び出し紅灯の巷へと走り去っていったのであった。
さて丸田大福・・長い歳月は彼を堕落させたのか?
※丸田大福の中学時代の同級生、Aさんの述懐
丸田くんは不良グループに入っていたのでいつも手ぶらで
学校に来てました。しばらく体操服で登校していたことが
あったので「どうしたの?」って訊くと、「出入りが多くて
制服がボロボロになった」と言ってました。
「出入りってなに?」って訊くと「ケンカじゃボケ」と
怒られました。
学級新聞に詩を書いている変な不良でした。
※丸田大福の高校時代の友人、Bさんの述懐
丸田とは部活の軽音楽部で一緒でしたが、物静かな
雰囲気の男だったですね。学校のすぐ近くに短大の
テニスコートがあって、うちの学校の一部の生徒が
「見学」と称して短大のテニス部の練習をいつも
見に行っていました。私は彼らを学校の恥だと思って
いましたが、ある日、金網に張り付いて練習を
「見学」している丸田を見つけたときは
「ムッツリ助平」というのは此奴みたいな人間の
ことを言うのだなと妙に納得したことを覚えています。
作者注・いくらかはフィクションです。
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