40代・50代・60代・70代の友達作り・趣味探し・交流サイト

文字の大きさを変える
投稿者
tinc さんの日記
アクセス数: 250341 



カテゴリー
月表示
交流しよう
PR2
TOP  >  ハピブロ(日記・blog)  >  tinc  >  未分類  >  母の日に

tinc さんの日記

[2021-5] 
 
2021
5月 9
(日)
21:03
母の日に
本文
母の日であった。毎月一度の様子伺いの電話とは別に実母へ電話をかけて少し雑談をした。

私は実母と不仲である。母は私と私のきょうだいを殴り蹴り、刃物で脅し、「お前らを産んだせいで自分は不幸になった」と責め苛んで養育した。私は母の顔も名前も普段は忘れていて思い出せないのに、時に急に彼女の愛用していた食器の柄などを鮮明に思い出すことがある。

私は母を尊敬していないし、母に感謝していないし、母を愛していない。それらのことは昔から変わらない。変わったのは母に苦痛や不幸が訪れることを願わなくなったことである。母は私と同じ、弱く愚かでいずれ簡単に死んでしまう、一人の人間に過ぎない。一人の人間に過ぎない母にはやはりできないことがたくさんあり、実子を健全に養育することはその一つであったのであろうと私は想像している。

私は自分をろくでなしだと思っている。しかしその責任を母による養育に帰そうとは思わない。原因の一部はそこにありその一部はとても大きな一部であるかもしれないのであるが、仮に母を追及したところで何も判明せず何も得られず、自分がろくでなしでなくなることも無い。それを行うことでかえって今のろくでなしの自分をないがしろにして母に焦点を当てるという望ましくない行為になるのではないかという思いもある。私が生きてものを考えるのは私のためであって母のためではない。ろくでなしでなくなろうと思うのなら母を追及する外にやるべきことがたくさんあるであろう。

母の日は私にとって世の全ての母親について曖昧な考えを巡らす日である。大した想念は生じない。母なるものを神格化したり女性に母性を要求したりすることを避けるよう気をつけようとは思う。母性どころか父性すら持たず何も知らない私には、今はその程度がせいぜいである。
閲覧(1383)
カテゴリー
投稿者 スレッド
tinc
投稿日時: 2021/5/10 12:14  更新日時: 2021/5/10 12:30
プラチナ
登録日: 2019/8/24
居住地: 東京都
: 男性
投稿数: 1735
 RE: 母の日に
追加:現時点までに頂いたコメントを受けて

私は投稿間隔の大小ありつつ1年半あまりこのブログを書かせて頂いていますが、実はどなたかからコメントを頂く度に馬鹿みたいに毎回毎回驚いています。私の書くものは全く個人的なものであり、内容的にも共感したり何らかの感想を述べたりすることが難しい類のものであると思うからです。誹謗、叱責、揶揄、冷笑といったコメントは想定の範囲内ながら実際にはそれらは殆ど皆無といってよいほど少なく、概ね私へ労いや励ましのお言葉をかけてくださったり、ご自身の体験を共有してくださったり、私の書いたことを拡張あるいは厳密化してくださったりするものであって、そのことは尚更の驚きであります。

今回の記事に関しては特に、母と子の関係という多くの人にとって無関係でなく重要でもあることを扱ったものであること、また私の母と私、私のきょうだいの間の関係があまり良好と云えないものであることがあり、コメントを下さるにあたり私の心情へのご配慮からお言葉がけやご感想の表明に抑制を効かせてくださったと見えるところが多大であり、私はつくづくこのサイトにおいて人に恵まれているものだと思います。

今回頂いた中にあった「子が親を選んで生まれてくるか」ということは親子関係について話される中で意外に頻出する事項のようです。霊魂の存在や死後の世界を想定する文脈では、子が生まれてくる前にも意識を持っていて選択を行うということはむしろ自然な発想なのかと思います。運命論、決定論的な世界観とも親和性が高いようで、決して奇異な意見ではないでしょう。

私個人の立場としては、「子が親を選んで生まれてくる」ことは「あるともないとも云えない」ことになります。
霊魂や神や運命といった形而上の概念を導入すると、この世の全ての事象がそれらの概念で説明がつくようになると同時に斉一性を失い、あらゆる矛盾が許容され、それゆえ全ての事象は人間にとって把握も理解も知覚も不可能なものになります。全ての形而上の概念は私にとってはこの世の事実とは無関係のもので、永遠にその真偽を問うことのできないものです。
「子が親を選んで生まれてくる」ことを肯定することは私にとっても興味深いチャレンジでありますが、それは例えば「0が1と等しい」ことを肯定することと同じくらい現実と無関係です。「子が親を選んで生まれてくる」ことが真ならば、同じ理由で「子は親を選んで生まれてこない」ことも真になります。これはちょうど0と1が等しいと見なしたときに、全ての数が他の全ての数と等しくなることと似ていると思います。
真とも偽とも云えないはずのことを真とするとき、それは同時に偽でもあるでしょう。それは現実ではないからです。

私は様々な曖昧なものを信じて生きています。私の信じる真実や倫理や美について根拠を問われても私は答えられません。ですから問われれば「わからない」と私は答えます。私はわからないことをわかったような気になると人生は楽しさを失うものだと思っていますので、現実の世界を楽しく生きるためにも、また現実に多く存在する不幸な境遇にある人々へ適切な援助を行い、間違っても前世の業や先祖の供養の不足や神罰といった形で形而上の罰を与えないためにも、私としては今の立場を少なくとも今後暫くは堅持し、「出生前の子の選択は問えない」と主張したいところであります。

また同時に、私の主張と異なる主張を行う自由が万人に保障され、異なる主張の持ち主と対話をする機会に私も浴することができることを望むところでもあります。
tinc
投稿日時: 2021/5/10 12:13  更新日時: 2021/5/10 12:13
プラチナ
登録日: 2019/8/24
居住地: 東京都
: 男性
投稿数: 1735
 RE: 母の日に
4月の日記さま

おはようございます。
軽々しいコメントということは決してなく、拙文に対してまでもご自身のご体験からの知見をご共有頂けることをたいへん有り難く受け止めています。ありがとうございます。

当然詳しく書いて頂くわけにゆかない部分がおありであることもあり、私のほうこそご事情を存じ上げないまま軽々しく何事かを言うことには躊躇と逡巡があります。
ただ親子の間でも理解できないことがあり、時には子のほうが成熟し親を受け止めることを余儀なくされることがあること、それが子の自立を一見促進しているようで実際には健全な自立を阻害すること等、私としては頂いたコメントを拝読して思うところが多々あります。
また「親が死んで初めて自分が自由になる」ケースは現代においても決して珍しくないものと思います。それが親子間の宿命でなくなることが私の願いの一つです。

本当に母と子の関係には様々のケースがあります。本文においても私は私個人のケースとそれについて考えたことの断片を書きました。コメントの特に難しい種類の記事だったと思いますが、そこへ敢えてお言葉がけを下さったことへ改めてお礼を申し上げます。
4月の日記
投稿日時: 2021/5/10 10:15  更新日時: 2021/5/10 10:15
プラチナ
登録日: 2020/8/25
居住地: 兵庫
: 女性
投稿数: 1301
 RE: 母の日に
tincさん、おはようございます。
壮絶なご体験・・・うちなどが、軽々しく
コメントをすべきものではないですが、
うちに内包する、限りない孤独と自己肯定
感の低さはどこに起因するのか?
それを改めて振り返ってみました。

以前、starさんへのコメントにも少しだけ
書きましたが、母は暴力などは振るいません
でしたが、心からうちを無条件に受け止める
言葉を掛けてくれる人ではありませんでしたね。
母自身も屈折した面が結構あり、素直に娘で
あるうちに対する愛情を向けるのではなく、
一番苦手な行動をする事、それが母の中の
根幹になっている事がうちには耐えられず、
表面的にはうちが大人になって受け止めては
居ますが、その点だけに関する事は断固、
拒絶しています。
こんなモノが大体全てやと思う考えがうちには
理解出来ません。
(それ以外に関しては割りと普通です)
詳しくは書けませんが、母が亡くなった時に
ようやく精神的には自由になれそうです。

こう言うケースもあると言うことでコメントを
しました。
starfish
投稿日時: 2021/5/10 9:31  更新日時: 2021/5/10 9:31
プラチナ
登録日: 2019/9/10
居住地: 東京
: 女性
投稿数: 4004
 RE: 母の日に
おはようございます。

精一杯、気持ちを抑えつつこれだけは言わせてください。

もし、子が親を選んで生まれてくるなら
むごい虐待によって時には命さえ奪われなければならない子の存在は説明がつきません。


酸っぱいレモンは酸っぱいレモンのままで。
そういうレモンだったのだな、と。


ごめんなさい。リコメしにくいと思いますのでスルーしてくださいね。
tinc
投稿日時: 2021/5/9 23:59  更新日時: 2021/5/9 23:59
プラチナ
登録日: 2019/8/24
居住地: 東京都
: 男性
投稿数: 1735
 RE: 母の日に
しきさま

こんばんは。
お持ちになった違和感がどのようなものか把握しておりませんが、私が親になることがあっても尊敬も感謝も愛も子から受けないでしょう。

しきさまはお母様を愛しておいでなのですね。
いつか私の母が私の庇護を要するようになったら、私も母を愛するようになるでしょうか。

私がこの世に生を受ける時に私の母を選んだのならば、いずれ思い出す時が来るものと思います。その時にレモンをレモネードにする方法を知ることになるのかもしれません。
しき
投稿日時: 2021/5/9 23:49  更新日時: 2021/5/9 23:49
プラチナ
登録日: 2019/6/22
居住地: 千葉県
: 女性
投稿数: 1607
 RE: 母の日に
tincさま

今回のblogには違和感を感じます。
母に、尊敬も感謝も愛もない…因果はめぐるもの。

あなたのお母さんは不幸だったので、1番弱いものにはけ口を求めた…
私の母もそういう人でした。
それでも母を、愛してないとは言えません。
今の母は、私が居なければ生きられない人だからです。

いつか、なぜあなたがお母さんを選んで生まれたのか、腑に落ちる日が来るといいですね。
酸っぱいレモンをレモネードに変える事、あなたになら出来ると思います。
tinc
投稿日時: 2021/5/9 22:39  更新日時: 2021/5/9 22:39
プラチナ
登録日: 2019/8/24
居住地: 東京都
: 男性
投稿数: 1735
 RE: 母の日に
ユーミンさま

こんばんは。
ご体験をご共有頂けたことを有り難く存じます。ユーミンさまがお辛いことを経て現在のご認識に至られたことをお聞かせ頂けることが光栄です。

仰る通り、無条件無償の絶対の愛を全ての母親が持っているということは誤りであると私も考えています。別の側面から云えば「自分の子を無条件無償に愛さねばならない」という束縛に基いてそうするのであれば、なぜそれを愛と呼ぶことができるのかも分からなくなります。
まことに人間は不完全です。母であろうと子であろうとそのことは同じです。

辛い体験をしたからこそできる良いことというものも必ずありますね。
何も存じ上げないまま申し上げるのは奇妙ながら、ご友人のお子様も、そしてユーミンさまのお子様も、きっとお幸せなのではないかと思うのです。
私が父親になることはまだ想像の外ですが、頂いたお言葉を胸に刻みたいと思います。ありがとうございます。
ユーミン
投稿日時: 2021/5/9 22:27  更新日時: 2021/5/9 22:27
ブロンズ
登録日: 2020/9/17
居住地:
:
投稿数: 29
 RE: 母の日に
こんばんは。
個人的なお話でごめんなさい。
母親なら無条件に我が子を愛おしく思うものだと、思っていました。自分が親になるまでは。
 なので、愛されなかった自分に愛されない原因があるのだろう、でも、どこを探してもそれがわかりませんでした。
 親になった時、ママ友と呼べる何人かと知り合いました。その中の実に数人から、「どうしても自分の子が好きになれない」と言う驚きの発言を耳にしました。私から見て、全く問題のない良い子ばかりです。その時、自分が可愛がられなかったのは、自分のせいではなかったかもと、少し気持ちが楽になったのを覚えています。
 母親になったって、結局はいろんな感情に翻弄される、ひとりの不完全な人間に過ぎないんだ、「無償の愛」なんて、全ての母親が持っているわけじゃないと悟りました。
でも一つ言えるのは、tincさんのような経験をした人、友人にもいますが、ネガティブな経験からの毒を自分の中で消化して、さらに良薬に化学変化させて、今では、子供の気持ちに寄り添えるとても優しい親になっています。そして私も自分の子供達が大好きです。
tincさんもきっと近い将来そんなお父さんになるのでは(^_-)と思います。
tinc
投稿日時: 2021/5/9 22:23  更新日時: 2021/5/9 22:23
プラチナ
登録日: 2019/8/24
居住地: 東京都
: 男性
投稿数: 1735
 RE: 母の日に
さくら日さま

こんにちは。
ご事情があってプレゼントを封印中とのことで、状況や関係や気持ちに変化があって行動が変わるということは普通にありますよね。

実は本当にろくでなしなので、あまり良いように仰られてしまうと恥ずかしくなります。恥だけは人並みに知っているのでしょうか。

母性や父性は大きな力になるものの、性別や年齢で当たり前に要求されることがあってはならないものだとも思います。私も父性や母性があれば子どもさんたちの姿などが違って見えたのかもしれず、興味あったなあ、と思うこともあります。
tinc
投稿日時: 2021/5/9 22:17  更新日時: 2021/5/9 22:17
プラチナ
登録日: 2019/8/24
居住地: 東京都
: 男性
投稿数: 1735
 RE: 母の日に
starfishさま

こんばんは。
ご指摘のところの最近の空気には私も大いに賛成するところです。それはやはりかつて親と距離を取ろうとして悪魔扱いされた人々の忍耐と行動があって生じた変化でありましょうから、遠くない先人たちへ私は強い感謝と尊敬の念を抱いています。

それにしてもひどい教師に当たられましたね。starfishさまが問題児だったのではなくその教師が問題教師だったのだと思います。

仰ってくださっているところの無関心の非ネガティブ性については、何となく理解できるような気がしています。無関心は「冷淡に扱う」ことをイメージされやすい一方で、もう一つ「ものすごく普通に接することができるくらい感情が向かない」状態もあると思うのです。
私の表現力が追いつかずもどかしいところですが、仰っているところの「認識がない」というところに全てが集約されているように思います。

憎い相手に実際に危害が及ぶと、大して嬉しくなくて複雑な気持ちになるのは私にも憶えがあります。憎い相手に望むのは「自分に関わらないこと」であって「苦痛や不幸に見舞われること」ではないのかもしれません。
tinc
投稿日時: 2021/5/9 22:02  更新日時: 2021/5/9 22:02
プラチナ
登録日: 2019/8/24
居住地: 東京都
: 男性
投稿数: 1735
 RE: 母の日に
ミカママさま

こんばんは。
百貨店の売り場を暫く見ていませんが、母の日のギフト一色でしょうね。最近は母の日でない時にも通用するものが増えたように思います。華やかで鮮やかです。

かつては母を打倒しようと考えていた私も、打倒するために冷静になろうと努めたところ打倒しようという考えを失いました。争いは多くの場合虚しいものと思います。

本当に記憶というものは不思議なもので、なぜ食器の柄などを思い出すのかは私にも分かりません。仰ってくださっているようにあまり意識せずそのままにしておこうと考えています。

思えば私はろくでなしの親と異なる人間になろうと思い、ろくでなしを脱そうと必死でした。お心遣いのお言葉を頂けたことで肩の荷が降りそうです。
誠にありがとうございます。
そしてまことに、全ての人がその人として生きられますように。
さくら日
投稿日時: 2021/5/9 21:59  更新日時: 2021/5/9 21:59
プラチナ
登録日: 2020/12/11
居住地:
: 女性
投稿数: 3035
 RE: 母の日に
tincさん、こんにちは。

私も母の日についてはかなり複雑な思いがあり、今年は長年続けてきたプレゼントをすることもできなくなり、封印中です。

ミカママさんも仰っていますが、ご自分をろくでなし、というのはいかがなものでしょう。正義感が強く、行動力もあることは、よく知られていると思います。

母性とは何だろうと私もよく思います。
私には欠如していたモノだと思うし、男性にも母性豊かな人もいるのでしょう。翻って父性とはなんなのでしょう?私は背中で語れる大人になりたいと思っていましたが、今思えばそれが父性なのかなと。
母性がないなら父性がある大人になりたかったなと思う次第です。
starfish
投稿日時: 2021/5/9 21:59  更新日時: 2021/5/9 22:11
プラチナ
登録日: 2019/9/10
居住地: 東京
: 女性
投稿数: 4004
 RE: 母の日に
tincさん、こんばんは

私が今の時代に感謝することの一つに堂々と
「母を愛せない」「母の面倒を見たくない」と言える空気が流れていることです。

昔はそんなことを言おうものなら悪魔扱いでした。

小学校低学年の時の担任が、入学早々の母の日を前に
「お母さんが好きな人、手を上げて」とクラスに問いかけました。一人手を上げない私に「○野はお母さんが好きじゃないの?」

「お母さん、いないんです」

「○野、嘘つくんじゃない」

この教師は私を○野と呼び捨てにしました。

この中年女性教師に、何度嘘つきと呼ばれたことか。
通知表にも毎回、嘘をつく問題児と書かれました。
家庭環境調査表というのを提出してるんだから、わかるでしょうに

まあ、そんな状態でしたが
私は記憶にまったくない母に愛着、思慕もない代わりに
ネガティブ感情もありません。

ただ、哺乳類として、子どもが自力で餓えを凌げる程度になるまで面倒みてほしかったな、残念 と思うだけ。

今までの人生で、お母さんに会いたくないの?と聞かれることが多かったけど「別に」としか言えません。
興味がないんですから。あ、無関心は憎しみよりネガティブな感情っていう人いるけれど、それは違うと思います!
もしかしたら、わかっていただけるかな?と思って。

私的には単に「私を産んだ人」で母という認識がないというだけの話です。

まあ、こんなのもありです、ってことで(^^ゞ

憎い、って点では先日ブログに書きましたが、幼心に最高に低学年の時の担任がにくかったのですが
後にこの先生の家が火事で全焼してしまって複雑な気持ちでした。

私自身が自覚する母性は、出産のとき
血まみれの娘をペロペロしたいと思ってた動物的本能と
今日もなお、その延長線上にある感覚です。
ミカママ
投稿日時: 2021/5/9 21:43  更新日時: 2021/5/9 21:43
登録日: 2014/4/25
居住地:
: 女性
投稿数: 14967
 RE: 母の日に
tincさん、こんばんは。

今日は母の日でしたね。
両親を亡くしてからというもの母の日父の日に無関心になってしまいました。

先ほどデパートの母の日コーナーで様々な贈り物を見て想い出しました。
時の移り変わりを感じた瞬間です。

ブログを読ませていただいて、お母さんを一人の人間として冷静に捉えていらっしゃる事とその距離感に何故か勝手に安堵しています。

思い出とか記憶は曖昧で不思議なものですね。
ご愛用の食器の柄が突然鮮明に思い出されるとの事。
それが何を意味するのか不明ですし、意味を探す事自体無意味ですのでひっそりと心の片隅にでも置くのが良かろうと思います。

私はtincさんのことを一度もろくでなしと思った事はありませんよ。
今までもこれからも。

生まれ落ちた瞬間からその人生はその人だけのものだと感じています。
寄り添う事は出来ますが、同化することもクローンで無い限り別の人に変身することもない唯一無二の存在です。

それならば自分のためだけに生きる我儘位は許してもらえるのではないのかな。

コメントを書く
コメントを書くにはログインが必要です。
おすすめ情報
あなたのページへログイン
ユーザー名:

パスワード:
SSL  | パスワード紛失  | 新規登録
新規登録メンバー
綾乃 女性 埼玉県
遥斗 長野県

garden
女性 神奈川県
アイン 男性 東京都
高宮ゆい woman Tokyo
VIC 男性 東京都
ルナp 横浜
愛子 女性 东京都足立区
MKO 女性 東京
KWM 女性 東京


PRコーナー
ハピスロ世代について このサイトの使い方 | メンバー登録 | 困ったときは | 事務局からのお知らせ | ご利用規約 | プライバシーポリシー | 会社概要 | 広告掲載に関して | お問い合わせ | リンク集
メンバーコンテンツ メンバー検索 | なかよし広場(コミュニティ) | ハピスロ日記(ブログ)写真投稿コーナー出会いの広場交流掲示板異世代交流サロン体のお悩み掲示板
お楽しみ情報 イベントカレンダーあれこれ気になる調査隊オススメ穴場スポット素敵にアンチエイジング歌声フォークソング懐かしの歌声ホール
趣味の情報 街歩き | 山歩き | ウォーキング・ジョギング | レシピ | グルメスポット | DIY/日曜大工 | 手芸 | 陶芸 | ダンス | 歌・カラオケ | 楽器
運営: アトムブラザーズ音楽出版株式会社 © 2012
Notice [PHP]: Undefined index: image in file class/commentrenderer.php line 342