ひろひろ48 さんの日記
2021
1月
31
(日)
22:54
本文
日本は、平安時代から源氏物語に表現されているように、セックスについて大らかな面があります。戦国武将は、小姓といった若い少年を「愛した」そうです。江戸時代は、銭湯は混浴で、地域によっては、祭り、盆踊りには性的なつながりもあったらしい。江戸は、地方から職人たちを集め人工的につくられたその当時世界最大人口の街で、5対3くらいの男性が多く、そのため遊郭が作られた理由のひとつだったのか。明治以降の富国強兵政策と家長制度はリンクしており、男尊女卑が加速されたようです。
戦後、民主的な憲法の制定もあり、形の上とはいえ男女同権、両性の同意による結婚などがすこしづつ定着しつつあります。欧米も女性差別がひどかったのですが、女性参政権運動など女性自身の闘いにより女性の権利が拡大しています。日本では、小説「チャタレー夫人の恋人」が猥褻とされたが、すこしづつ性の「解放?」が進んできていました。アメリカの「キンゼイレポート」など医学的?に女性の性行動も研究され、日本に入ってきました。
しかしセックスの知識を求める本などは多くあっても、ジェンダー格差とか、LGBTQへの差別理解のなさは、日本では大きいです。
ゲイの気持ちを、男性が男性を好きに、愛してしまう気持ちをうたった中村中(あたる)の名曲「友達の詩」があります。この歌を初めて聞いたとき、その切なさに涙でぼろぼろになりました。紹介します:
歌・作詞・作曲:中村中
触れるまでもなく先の事が
見えてしまうなんて
そんなつまらない恋を
随分続けて来たね
胸の痛み 直さないで
別の傷で隠すけど
簡単にばれてしまう
どこからか流れてしまう
手を繋ぐくらいでいい
並んで歩くくらいでいい
それすら危ういから
大切な人は友達くらいでいい
寄り掛からなけりゃ側に居れたの?
気にしていなければ
離れたけれど今更…
無理だと気付く
笑われて馬鹿にされて
それでも憎めないなんて
自分だけ責めるなんて
いつまでも 情けないね
手を繋ぐくらいでいい
並んで歩くくらいでいい
それすら危ういから
大切な人が見えていれば上出来
忘れた頃に もう一度会えたら
仲良くしてね
手を繋ぐくらいでいい
並んで歩くくらいでいい
それすら危ういから
大切な人が見えていれば上出来
手を繋ぐくらいでいい
並んで歩くくらいでいい
それすら危ういから
大切な人は友達くらいでいい
友達くらいが丁度 いい
で、悲しい訃報に関連し
2021年1月29日の朝刊の記事「本音のコラム」から:
合掌、佐藤郁夫さん by 北丸雄二(ジャーナリスト)
61歳の佐藤郁夫さんは7歳年下の伴侶と17年間一緒に暮らしました。二人、仕事終わりを合わせてスーパーに行ったり映画や外食やユーミンのライブに行ったりしました。38歳でHIV感染を知って一人で生きるしかないと覚悟した人生でしたが、「好きだから病気は関係ない」と言ってくれたそうです。交際10年目に「結婚式」を挙げ、15年目に東京で婚姻届けを出しました。区役所の担当者は「たぶん不受理になると思います」と話す一方で「結婚記念カードなら発行できますがどうしますか」といってくれたそう。行け採ったカードを見て、まるで結婚が認められたみたいに幸せだったと、裁判で陳述していました。
ゲイであることに気付いたのは中学の時。テレビでは「おかま」が嘲笑われていました。ゲイは恥ずかしいことではない、差別する社会の方がおかしいと考えられるようになったのは30代になってからでした。裁判は同性婚の権利を求めて札幌や東京、名古屋、大阪、福岡で2年前から同時進行中です。同性愛に対する否定的な気持ちを次の世代が感じなくて済む社会にしたいからという佐藤さんらに、結婚が保障する生活を日本は何一つ与えていません。
その佐藤さんが脳溢血で急逝しました。別れを告げる余力もなく、伴侶と思いを遺して。法も政治も間に合いませんでした。
<引用以上>
人は一人では生きていけません。人は人を愛するようにできていて、そうするように生まれてきます。セックスが必要で、喜びをもたらすのは、愛するためです。だからLGBTQのみなさんが差別なく、同じ権利が保障される社会に、この日本が早くなりますように。
戦後、民主的な憲法の制定もあり、形の上とはいえ男女同権、両性の同意による結婚などがすこしづつ定着しつつあります。欧米も女性差別がひどかったのですが、女性参政権運動など女性自身の闘いにより女性の権利が拡大しています。日本では、小説「チャタレー夫人の恋人」が猥褻とされたが、すこしづつ性の「解放?」が進んできていました。アメリカの「キンゼイレポート」など医学的?に女性の性行動も研究され、日本に入ってきました。
しかしセックスの知識を求める本などは多くあっても、ジェンダー格差とか、LGBTQへの差別理解のなさは、日本では大きいです。
ゲイの気持ちを、男性が男性を好きに、愛してしまう気持ちをうたった中村中(あたる)の名曲「友達の詩」があります。この歌を初めて聞いたとき、その切なさに涙でぼろぼろになりました。紹介します:
歌・作詞・作曲:中村中
触れるまでもなく先の事が
見えてしまうなんて
そんなつまらない恋を
随分続けて来たね
胸の痛み 直さないで
別の傷で隠すけど
簡単にばれてしまう
どこからか流れてしまう
手を繋ぐくらいでいい
並んで歩くくらいでいい
それすら危ういから
大切な人は友達くらいでいい
寄り掛からなけりゃ側に居れたの?
気にしていなければ
離れたけれど今更…
無理だと気付く
笑われて馬鹿にされて
それでも憎めないなんて
自分だけ責めるなんて
いつまでも 情けないね
手を繋ぐくらいでいい
並んで歩くくらいでいい
それすら危ういから
大切な人が見えていれば上出来
忘れた頃に もう一度会えたら
仲良くしてね
手を繋ぐくらいでいい
並んで歩くくらいでいい
それすら危ういから
大切な人が見えていれば上出来
手を繋ぐくらいでいい
並んで歩くくらいでいい
それすら危ういから
大切な人は友達くらいでいい
友達くらいが丁度 いい
で、悲しい訃報に関連し
2021年1月29日の朝刊の記事「本音のコラム」から:
合掌、佐藤郁夫さん by 北丸雄二(ジャーナリスト)
61歳の佐藤郁夫さんは7歳年下の伴侶と17年間一緒に暮らしました。二人、仕事終わりを合わせてスーパーに行ったり映画や外食やユーミンのライブに行ったりしました。38歳でHIV感染を知って一人で生きるしかないと覚悟した人生でしたが、「好きだから病気は関係ない」と言ってくれたそうです。交際10年目に「結婚式」を挙げ、15年目に東京で婚姻届けを出しました。区役所の担当者は「たぶん不受理になると思います」と話す一方で「結婚記念カードなら発行できますがどうしますか」といってくれたそう。行け採ったカードを見て、まるで結婚が認められたみたいに幸せだったと、裁判で陳述していました。
ゲイであることに気付いたのは中学の時。テレビでは「おかま」が嘲笑われていました。ゲイは恥ずかしいことではない、差別する社会の方がおかしいと考えられるようになったのは30代になってからでした。裁判は同性婚の権利を求めて札幌や東京、名古屋、大阪、福岡で2年前から同時進行中です。同性愛に対する否定的な気持ちを次の世代が感じなくて済む社会にしたいからという佐藤さんらに、結婚が保障する生活を日本は何一つ与えていません。
その佐藤さんが脳溢血で急逝しました。別れを告げる余力もなく、伴侶と思いを遺して。法も政治も間に合いませんでした。
<引用以上>
人は一人では生きていけません。人は人を愛するようにできていて、そうするように生まれてきます。セックスが必要で、喜びをもたらすのは、愛するためです。だからLGBTQのみなさんが差別なく、同じ権利が保障される社会に、この日本が早くなりますように。
閲覧(2629)
カテゴリー | |||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|
|
コメントを書く |
---|
コメントを書くにはログインが必要です。 |