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数年前にある女性と出かけて一日を共に遊び過ごし別れた帰り道、私は自分の胸が高鳴っているのを感じた。私は自分が彼女に恋をしているのかと思って動揺した。
帰宅して暫くすると頭痛と悪心も自覚され始め、体温計を持ってくると発熱していることも分かった。翌日に病院へ行って薬を処方してもらい、その後何日か寝て過ごすと胸の高鳴りも含めた全ての症状は消失した。
この恋の予感はあくまで予感であった。

遡ると、私には大学に在籍していた時分に交際していた女性がいた。その女性の母親は彼女に対し非常に支配的で束縛的で、私は彼女に頼まれて彼女の自宅へ出向き、その母親の説得を試みた。母親は台所から包丁を持ってきてテーブル越しに私を刺殺しようとし、私は脱いでいた上着を腕に巻きつけてそれを必死に払いながら携帯電話で警察に通報をした。当時英語の勉強のために読んでいた軍隊格闘術の本に、「刃物を持った相手に丸腰で対峙する際は上着を腕に巻いて刃物を絡め取ること」と書かれていたのが役に立ったのであった。
母親が警察に連行された後は紆余曲折を経てその女性とは交際をしなくなった。大学を中退して何年かの後、私はふと本棚の中の例の軍隊格闘術の本を目に留めた。あああの時はこの本を読んでいたから助かったのだ、と思いつつ刃物と上着云々の箇所を探すと、そのようなことを述べた部分はその本の中に無く、「軍用犬に対処するには腕に上着等を巻きつけよ」との旨が書いてあるのみであった。
私は当時の自分の英語力の低劣に呆れるばかりで、当時を思い返す気持ちや件の女性とその母親が今どうしているかという想像はどこかへ失われてしまった。

いずれも大人になってからの話であって、大人になってもそれらの有様であるということである。だから私は若い人々へ偉そうなことは言えない。人は人に対して偉そうなことを言ってはならないのだが、私が偉そうなことを言い出したら今度は本当に刺殺されて不思議は無い。