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実姉のところに居候するようになって数か月経つ。彼女は毎朝三面鏡の前で顔面にメイクを施したり頭髪をアイロンで巻いたりしており、私の体感では概ね毎朝1時間程度をそれらの作業に費しているようである。これが他の多くの人と比較して長いのか短いのかは分からないが、1日が24時間であることを考慮するとその内の1時間を要するというのは大きなことのように私には思われる。外部の誰かと顔を合わせない予定であっても彼女がそれらの作業をしない日は無い。鏡に向かう彼女の面持ちたるやキャンバスと相対する画家か何かのような気迫を感じさせるものであり、彼女にとっては化粧が身だしなみであるとか自身を魅力的に演出するための道具であるとかいうよく聞く話の範疇を外れた一種の表現活動であることを思わせる。描くこと無くは生きられない画家のように、メイクを無くしては彼女は彼女でなくなってしまうのかもしれない。

それで済めば結構なのであるが、困ったことにその一連の作業を終えた姉は私のところへ来て「どうだ。昨日とどこが違うか分かるか」と尋ねる。私はそれに対して「綺麗だよ」くらいは言えても、誰かがメイクをしているか否かを判別することを基本的にできないくらい美容に疎いので昨日とどこがどう違うかの判断など望むべくもない。それで私は毎回「リップが昨日より明るいかな」「アイシャドウが濃くなった」「チークを控えめにしたね」などと自分でも理解していない言葉を使っていいかげんなことを言い、当然それらの言葉は的を射ることなく、私は姉から叱責を受ける。したがって私は1日に少なくとも1度は姉から叱責されることになっている。

姉が普段誰と何を話しているかなど私は知らないが、少なくとも会う人全員に対して自分の顔面や頭髪をどう思うかと尋ねているわけではないだろう。その中にあって何故私へ聞くのかが不可解である。少なくとも彼女がメイクをしているかしていないかくらいは判別できる人へ聞くのが筋であり、相手の回答能力を超えることを質問するのは無益と云う他無い。

同居開始以降新たに姉の奇行を認識する場面が多い。たぶん姉のほうも私が自分で普通だと思っている行為のいくつかを奇行と捉えていよう。
この世に変でない人はいない。