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今夜の夕食は姉と外で摂った。外食の際、お店に到着すると私はドアを開けて姉を先に通し、姉の上着と鞄を一時預かる。席へ案内されると姉の座る椅子を引き姉の着席を待つ。
姉の他に同行する人がいる場合、多くはこれらの私の動作に言及される。あまり見ない振る舞いであるとのことである。表立って非難されるわけではないが肯定されるわけでもない。それだけ珍しいということなのかもしれない。私の感覚ではこの一連の動作が通常であるものの、姉でない人と食事をする時にはこれらのことをしないよう気をつけている。所謂レディーファーストめいた態度は性差別的な色彩のあるものであるし、人目につく立ち居振る舞いというものは目障りにもなるからである。しかも着席した後の私のテーブルマナーはひどいものなので尚更奇異に映ると思う。紳士の真似事のおままごとである。

相手が姉であるから性差別をしてよいわけではない。何気ない言動が差別や偏見に基いているということはよくあることであるから、身内への甘えもあって私は自分の不徳に特段無自覚になっているのであろう。

また今夜私は普段身に着けないウールのスラックスと底の薄いサイドゴアのブーツで、首からネクタイまでぶら下げていた。お店のほうにも保つべき品位なるものがある。私は内心に反ドレスコード、反外見主義を潜ませつつ、自分の主義主張と異なるそれらを持つ人々とも融和したいという願いもあって混乱した。苦手なワインを少し口にしたこともあったかもしれない。

姉の住まいへ帰る途中、私の心中を察してか姉は「あんたって平気でいることができないよね。いつでもどこでも」と言った。
その言葉をそっくりそのまま姉へ返そうと思った私は、平気で生きている人がこの世にいるものだろうかと思って沈黙した。たぶんいると思うが、平気で生きている人がどんな人なのか私には想像もつかない。いつか会ったことがあっただろうか。その人はほんとうに平気だったのか。

私は誰かの言動を低劣なものと感じても、軽蔑する前に何度か再考しようと改めて思い直している。その人も平気ではないかもしれない。私と同じく混乱と恐慌の中にあって、もがくように動いていてその言葉の奥には呻きがあるのかもしれない。助け合うことができないならせめて傷に触れないように。どんな人も私が感じ取るよりも深く大きいはずだ。