ひろひろ48 さんの日記
2020
10月
22
(木)
21:29
本文
70安保のあと、ベトナム戦争に世界中の若者が立ち上がり、日本でも多くの若者がベトナム反戦に参加した。沖縄をはじめ、日本の米軍基地などがベトナム戦争に使われており、それに対するデモなどがたくさんあった。
そのなかでベトナムに運ぶ戦車を止める闘争があった。その記録映画が48年を経たいま、完成し年末に上映されるそうです。
新聞記事から:
ベトナム戦争中、相模原で市民が戦車を止めた 賛否両方50人の声集めた映画「戦車闘争」が完成
ベトナム戦争中の1972年、在日米軍基地「相模総合補給廠しょう」(相模原市中央区)で修理された戦車の輸送を、市民が阻止した。この反戦運動「戦車闘争」を証言や当時の映像で紹介したドキュメンタリー映画が完成した。参加した市民や輸送した運送会社の関係者など50人以上から賛否両方の声を集めた労作で、12月に公開される。製作した映画プロデューサー小池和洋さん(46)=同市=は「おかしいと思うことに声を上げる大切さを訴えたい」と話す。(井上靖史)
◆人垣が戦車を足止め…反対運動は100日間に及んだ
戦車闘争は、日本国内に基地を置く米国が参戦したベトナム戦争の終盤に起きた。当時、故障した米軍戦車や兵員輸送車は相模総合補給廠で修理し、横浜市神奈川区の港から船で搬出されていた。
72年8月には、港近くの村雨むらさめ橋で、当時の飛鳥田 一雄あすかたいちお・横浜市長が橋の重量制限を理由に輸送に反対した。市民の人垣が補給廠から港に向かう戦車を足止めし、戦車は引き返した。補給廠の正門近くでもテント村が設けられ、デモ行進などを展開。反対運動は約100日間に及んだ。
◆参加者や地元の店主…さまざまな声を伝える
映画の中で、参加した男性は「公道に戦車が足止めにされ、多くの一般市民が目にした。戦争が分かりやすく伝わった」と関心を呼んだ理由を推察する。活動に賛同していた作家の吉岡忍さんも登場し「米国という民主主義の国にならってきたのに、だまされたと感じていた。なぜ貧しい農業国を最先端の武器を使って攻めなきゃいけないのかと思った」と振り返った。
一方、地元飲食店主は「デモ参加者は(座り込みなどで)風呂に入っていなかった。臭いし店に来てほしくなかった」と話すなど、当時、闘争を巡り起きていたさまざまな現実を伝えている。
◆「名もなき人々の闘争、現代にも示唆」
小池さんは約2年前から製作に励んできた。半世紀近く前の出来事に着目した理由を「数の力で、首をひねるような法案が通過したり重大な疑惑が無視されたりしている。あきらめのような空気も広がるけど、名もなき人々が怒りの声を上げて始まった闘争が、現代の私たちに示唆を与えるのでは」と語る。
ナレーションはシンガー・ソングライターの泉谷しげるさんが務めている。12月から東京都中野区の映画館「ポレポレ東中野」を皮切りに順次公開。問い合わせはマーメイドフィルム=電03(3239)9401=へ。
<引用以上>
いま、タイで若者を中心にした大きなデモが起こっている。政権の腐敗と国王のあり方をめぐっての闘い。香港での闘争を参考にしているそうです。政治を変えるには、選挙での投票は、もちろん重要ですが、それだけでは変えられないこともあります。ヨーロッパなどでは、おおきなデモが、ときの政権の政策に反対し、撤回させることもあります。希望を捨てず、あきらめないことが大切ですね。
そのなかでベトナムに運ぶ戦車を止める闘争があった。その記録映画が48年を経たいま、完成し年末に上映されるそうです。
新聞記事から:
ベトナム戦争中、相模原で市民が戦車を止めた 賛否両方50人の声集めた映画「戦車闘争」が完成
ベトナム戦争中の1972年、在日米軍基地「相模総合補給廠しょう」(相模原市中央区)で修理された戦車の輸送を、市民が阻止した。この反戦運動「戦車闘争」を証言や当時の映像で紹介したドキュメンタリー映画が完成した。参加した市民や輸送した運送会社の関係者など50人以上から賛否両方の声を集めた労作で、12月に公開される。製作した映画プロデューサー小池和洋さん(46)=同市=は「おかしいと思うことに声を上げる大切さを訴えたい」と話す。(井上靖史)
◆人垣が戦車を足止め…反対運動は100日間に及んだ
戦車闘争は、日本国内に基地を置く米国が参戦したベトナム戦争の終盤に起きた。当時、故障した米軍戦車や兵員輸送車は相模総合補給廠で修理し、横浜市神奈川区の港から船で搬出されていた。
72年8月には、港近くの村雨むらさめ橋で、当時の飛鳥田 一雄あすかたいちお・横浜市長が橋の重量制限を理由に輸送に反対した。市民の人垣が補給廠から港に向かう戦車を足止めし、戦車は引き返した。補給廠の正門近くでもテント村が設けられ、デモ行進などを展開。反対運動は約100日間に及んだ。
◆参加者や地元の店主…さまざまな声を伝える
映画の中で、参加した男性は「公道に戦車が足止めにされ、多くの一般市民が目にした。戦争が分かりやすく伝わった」と関心を呼んだ理由を推察する。活動に賛同していた作家の吉岡忍さんも登場し「米国という民主主義の国にならってきたのに、だまされたと感じていた。なぜ貧しい農業国を最先端の武器を使って攻めなきゃいけないのかと思った」と振り返った。
一方、地元飲食店主は「デモ参加者は(座り込みなどで)風呂に入っていなかった。臭いし店に来てほしくなかった」と話すなど、当時、闘争を巡り起きていたさまざまな現実を伝えている。
◆「名もなき人々の闘争、現代にも示唆」
小池さんは約2年前から製作に励んできた。半世紀近く前の出来事に着目した理由を「数の力で、首をひねるような法案が通過したり重大な疑惑が無視されたりしている。あきらめのような空気も広がるけど、名もなき人々が怒りの声を上げて始まった闘争が、現代の私たちに示唆を与えるのでは」と語る。
ナレーションはシンガー・ソングライターの泉谷しげるさんが務めている。12月から東京都中野区の映画館「ポレポレ東中野」を皮切りに順次公開。問い合わせはマーメイドフィルム=電03(3239)9401=へ。
<引用以上>
いま、タイで若者を中心にした大きなデモが起こっている。政権の腐敗と国王のあり方をめぐっての闘い。香港での闘争を参考にしているそうです。政治を変えるには、選挙での投票は、もちろん重要ですが、それだけでは変えられないこともあります。ヨーロッパなどでは、おおきなデモが、ときの政権の政策に反対し、撤回させることもあります。希望を捨てず、あきらめないことが大切ですね。
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