湘南のカモメ さんの日記
2020
6月
29
(月)
10:06
本文
若さというのはある意味怖いものです。
営業成績は抜群でしたし、一人で会社を背負って立っているような気になっていたのかも知れません。
「いつでも辞めてやる!」と、会議がある日にはいつも背広の内ポケットに辞表を携えて!
サラリーマン時代は、尖んがっていました。
子供の頃父親からは「三本の矢」の例えを、本筋とは違って聞かされて育ちました。
「三本の矢が折れなかったのは、その人に力がなかっただけなんだよ、強い男にかかったら三本が五本でも折られてしまうんだ!
だから、お前たち兄弟はお互いに頼ることなく、一人ひとりが強くなれ!」と・・・
だから私たち兄弟は、それぞれが一匹狼
便りがないのは元気な証拠!と、何十年もの長きに亘ってお互いに連絡はありません。
私は<逃げず・媚びず・つるまず> のさんず(三途)の川で生き延びてきました。
高校の卒業式の後で、担任だった先生からの贈る言葉が身に染みています。
「お前たちはこれから別々の道を歩んで行くが、出来ることなら象の尻尾になるよりも、蟻でもいいから頭になれ」
私の場合ただ一心不乱に仕事に取り組むしか生きる術を知りません。
どのように生きても一生は一度きり
ならばこの世に名を残して死んでやろうか?と
高校の担任が言った言葉を真に受けて、生意気にも若造が脱サラしました。
会社を興し小さいながらも蟻の頭になってガムシャラに生きてきました。
興したのは建設会社ですから 考えることは、<お客さまとそのお家のこと>だけ、<儲けは二の次、三の次>が
知らず知らずのうちに功を奏したのか?
奇跡的に長い間この世界で生きてこれました。
私が死んでも私が造ったものは残ります。
そこに刻んだ私の名とともに!
そして今、息子に会社を譲り、私は代表権のない平取に!
ようやく少しだけ気分も楽になりました。
尖っていた棘は長年の間にどこかへ置き去りにしてきたようです。
今ではすっかり丸くなりました。
シャイと言ってしまえばそうかもしれませんが、元々私は口下手です。
男の値打ちは「燻し銀」だと思って無口ながらも 苦みばしった男を目指して来ました。
果たして・・・
ここまで来た今の私は、目指してきた「燻し銀」になっているのでしょうか?
営業成績は抜群でしたし、一人で会社を背負って立っているような気になっていたのかも知れません。
「いつでも辞めてやる!」と、会議がある日にはいつも背広の内ポケットに辞表を携えて!
サラリーマン時代は、尖んがっていました。
子供の頃父親からは「三本の矢」の例えを、本筋とは違って聞かされて育ちました。
「三本の矢が折れなかったのは、その人に力がなかっただけなんだよ、強い男にかかったら三本が五本でも折られてしまうんだ!
だから、お前たち兄弟はお互いに頼ることなく、一人ひとりが強くなれ!」と・・・
だから私たち兄弟は、それぞれが一匹狼
便りがないのは元気な証拠!と、何十年もの長きに亘ってお互いに連絡はありません。
私は<逃げず・媚びず・つるまず> のさんず(三途)の川で生き延びてきました。
高校の卒業式の後で、担任だった先生からの贈る言葉が身に染みています。
「お前たちはこれから別々の道を歩んで行くが、出来ることなら象の尻尾になるよりも、蟻でもいいから頭になれ」
私の場合ただ一心不乱に仕事に取り組むしか生きる術を知りません。
どのように生きても一生は一度きり
ならばこの世に名を残して死んでやろうか?と
高校の担任が言った言葉を真に受けて、生意気にも若造が脱サラしました。
会社を興し小さいながらも蟻の頭になってガムシャラに生きてきました。
興したのは建設会社ですから 考えることは、<お客さまとそのお家のこと>だけ、<儲けは二の次、三の次>が
知らず知らずのうちに功を奏したのか?
奇跡的に長い間この世界で生きてこれました。
私が死んでも私が造ったものは残ります。
そこに刻んだ私の名とともに!
そして今、息子に会社を譲り、私は代表権のない平取に!
ようやく少しだけ気分も楽になりました。
尖っていた棘は長年の間にどこかへ置き去りにしてきたようです。
今ではすっかり丸くなりました。
シャイと言ってしまえばそうかもしれませんが、元々私は口下手です。
男の値打ちは「燻し銀」だと思って無口ながらも 苦みばしった男を目指して来ました。
果たして・・・
ここまで来た今の私は、目指してきた「燻し銀」になっているのでしょうか?
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