湘南のカモメ さんの日記
2020
6月
12
(金)
11:07
本文
高校・大学時代を通じてラグビー部に所属して体力を付けました。
私は元々優しいタイプで、中学時代は<軟式庭球部>に所属していました。
高校に入っても同じようにテニス部に入り練習に汗を流していました。
担任の先生がラグビー部の顧問で、私は<足の速さ>に目をつけられ、ラグビー部に入るよう強引に誘われました。
しかし、私は中肉中背、ラグビー部の連中ときたら<むくつけき、大男>ばかりです。
しかも どいつもこいつも耳が潰れて大きく膨れあがっていました。
「耳が潰れるのは嫌だし、第一こんなやつらと互角に戦えるワケない!」と思って断りつづけていました。
1学期も終わりに近づいた頃、テニス部の顧問だった先生から「ポイントゲッターがいないので、お前の足でラグビー部を助けてやれ!」とラグビー部へ移るよう言われました。
ラグビー部に入って、与えられたポジションは、スクラムを組んで相手と直接激突するフォワードではなく、横に展開してパスを受け、敵陣を突破してトライを狙うウイングでした。
勿論タックルは食いますし、「オレの恋人はグラウンドか?」と言いたくなるほど、毎日のようにグラウンドとキス(?)をしていました。
生傷は絶えず、特に頬骨の辺りは瘡蓋ができる暇もなく擦り剥けていました。
タックルをされても倒されないだけの力を付けようと、毎日体も鍛えましたが、社会人になると仕事に没頭せざるを得ず、ラグビーにうつつを抜かしている時間はありません。
特に脱サラをして、建設会社を興してから
は食べるのに精一杯で、仕事のほかに時間はありませんでした。
そして現在、還暦近くになりましたが、スポーツと言えば年に何回かのゴルフだけ!
特に家内が病気を得てからは、仕事に加えて家事の一切と少々の介助だけで一日が過ぎて行きます。
体を鍛える時間もなく、若い頃に作った<体力の貯金>を切り崩して生活しているにも拘わらず、年に一度の人間ドックでは何等の異常もありません。
高校・大学時代を通じて活躍した足は未だ健在ですし、耳も潰れずに済んでいます。
ただ、頬骨の辺りには往年の<名誉の傷跡>が、シミとなって残っています。
私は元々優しいタイプで、中学時代は<軟式庭球部>に所属していました。
高校に入っても同じようにテニス部に入り練習に汗を流していました。
担任の先生がラグビー部の顧問で、私は<足の速さ>に目をつけられ、ラグビー部に入るよう強引に誘われました。
しかし、私は中肉中背、ラグビー部の連中ときたら<むくつけき、大男>ばかりです。
しかも どいつもこいつも耳が潰れて大きく膨れあがっていました。
「耳が潰れるのは嫌だし、第一こんなやつらと互角に戦えるワケない!」と思って断りつづけていました。
1学期も終わりに近づいた頃、テニス部の顧問だった先生から「ポイントゲッターがいないので、お前の足でラグビー部を助けてやれ!」とラグビー部へ移るよう言われました。
ラグビー部に入って、与えられたポジションは、スクラムを組んで相手と直接激突するフォワードではなく、横に展開してパスを受け、敵陣を突破してトライを狙うウイングでした。
勿論タックルは食いますし、「オレの恋人はグラウンドか?」と言いたくなるほど、毎日のようにグラウンドとキス(?)をしていました。
生傷は絶えず、特に頬骨の辺りは瘡蓋ができる暇もなく擦り剥けていました。
タックルをされても倒されないだけの力を付けようと、毎日体も鍛えましたが、社会人になると仕事に没頭せざるを得ず、ラグビーにうつつを抜かしている時間はありません。
特に脱サラをして、建設会社を興してから
は食べるのに精一杯で、仕事のほかに時間はありませんでした。
そして現在、還暦近くになりましたが、スポーツと言えば年に何回かのゴルフだけ!
特に家内が病気を得てからは、仕事に加えて家事の一切と少々の介助だけで一日が過ぎて行きます。
体を鍛える時間もなく、若い頃に作った<体力の貯金>を切り崩して生活しているにも拘わらず、年に一度の人間ドックでは何等の異常もありません。
高校・大学時代を通じて活躍した足は未だ健在ですし、耳も潰れずに済んでいます。
ただ、頬骨の辺りには往年の<名誉の傷跡>が、シミとなって残っています。
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