湘南のカモメ さんの日記
2020
3月
16
(月)
11:24
本文
長文です^^;
私には色んな才能があった・・・と思いますが、そのどれもが開花していません。
父が新聞記者だったので、子供の頃から文章を書くときには「起承転結」をしっかり意識して書くように、煩く言われました。
その為かどうか分かりませんが、確か小学校4年生の時に全校一斉の作文大会で最優秀賞をとったことがありました。
その作文は私が知らないうちに、全国作文大会に出されて日本一になり,朝礼で全校生徒の前で表彰されました。
惚れ易かった割に晩生だった私の中学高校時代は友達から頼まれラブレターの代筆?ばかりやっていました。
それでいて、自分のラブレターは書いたこともありませんでしたが^^;
もう1つ上の才能があったら、今ごろは小説家なにか?文筆家になっていたかも?
昨年高校の創立100年祭が母校で行われ、私は「顎足付き」(参加費・交通費・宿泊費つき)での参加要請があり行って来ました。
実は、母校に対する「功労者」で呼ばれたのでした。
私が高校3年生の時、それまではなかった母校の[「応援歌」を作詞作曲して残してきました。
何年か前に母校が甲子園に出場したとき、私が作った応援歌を後輩たちが歌っていて感激でした。
生憎初回で超強豪校に当たって敗退したので、甲子園で歌うことはできませんでしたが・・・
現在はカラオケ教室もあって、歌が上手な人をよく見かけます。
私は小学校5年生の時に「声変わり」をして以来、急に学芸会で独唱をさせられるようになりました
中学時代には或る企業の「のど自慢大会」に音楽の先生が私に無断で出場を申し込み、初めて大勢の前で大人に混じって楽団の生演奏で歌いました。
そこで優勝して県大会へ、さらに九州大会でも優勝してついに東京で行われた全国大会まで行きました。
30代後半には友達が、或る会社が主催する「のど自慢」に1人で出るのが気後するというので、私も一緒に応募したことがありました。
彼は予選敗退し、私だけが本戦にでて毎週TVで放映されました。
こののど自慢は、売れない?プロも参加できるもので、毎週10人ほどの中からその週のチャンピオンが決まり、勝ち抜いているグランドチャンピオンとの一騎打ちに勝ち、10週勝ち抜けばプロ歌手になれる!というTV番組ののど自慢でした。
私はグランドチャンピオンとして毎週勝ち抜きましたが、9週目で女性に敗れました。
その際、審査員長だった吉田 正(故人)という作曲家から「うちへ来て、少し勉強してみないか?」と誘いを受けましたが、その時には既に会社を興して波に乗りかけていましたので、丁重にお断りしました。
もし歌手にでもなっていたら?
・・・今頃は売れない歌手で、ドサ廻りをしていたに違いありません。
現在は年に何回か、ギターとアコーディオンが得意な友人達を誘って老人施設の慰問をしたり、年間5,6回しか行かないカラオケスナックで唸る程度です。
他に得意なのは、運動全般でしょうか?
中学生の頃からスポーツに明け暮れて来ました。
足は人一倍速く、特に<球技>は全て覚えも上達も早かったように思います。
ゴルフはあっという間にシングルになりました。
ゴルフのレッスンプロは、大事な事を教えてしまうと自分の飯の喰い上げになるので、「ココ!」といったポイントは教えないものです。
私は「みんなが上手になればいい!」と思っていますので、頼まれたら無料で教えています。
ゴルフは1日仕事ですから、時間的に無理かもしれませんが、もし、お好きなようでしたら一度カラオケにもお付き合いしましょうか?
ただ、私は今風の洒落た歌は歌えません。
昭和の古い歌謡曲しか歌えませんし、50を過ぎて気管支喘息を発症しましたので、今では誤魔化し誤魔化しでしか歌えません。
それでよろしければ^^;
<今の人生が私にとっては最良>だと思っています。
仕事以外に何か一つでも開花していたらまた違う人生もあったのでしょうが、決してうまくいっていたとは思えません。
願わくば、婚外恋愛が出来る女性と巡り逢いたいとは思いますが、それは贅沢ということかもしれません。
私が望んで歩いてきた人生に、悔いはありません(^^)
私には色んな才能があった・・・と思いますが、そのどれもが開花していません。
父が新聞記者だったので、子供の頃から文章を書くときには「起承転結」をしっかり意識して書くように、煩く言われました。
その為かどうか分かりませんが、確か小学校4年生の時に全校一斉の作文大会で最優秀賞をとったことがありました。
その作文は私が知らないうちに、全国作文大会に出されて日本一になり,朝礼で全校生徒の前で表彰されました。
惚れ易かった割に晩生だった私の中学高校時代は友達から頼まれラブレターの代筆?ばかりやっていました。
それでいて、自分のラブレターは書いたこともありませんでしたが^^;
もう1つ上の才能があったら、今ごろは小説家なにか?文筆家になっていたかも?
昨年高校の創立100年祭が母校で行われ、私は「顎足付き」(参加費・交通費・宿泊費つき)での参加要請があり行って来ました。
実は、母校に対する「功労者」で呼ばれたのでした。
私が高校3年生の時、それまではなかった母校の[「応援歌」を作詞作曲して残してきました。
何年か前に母校が甲子園に出場したとき、私が作った応援歌を後輩たちが歌っていて感激でした。
生憎初回で超強豪校に当たって敗退したので、甲子園で歌うことはできませんでしたが・・・
現在はカラオケ教室もあって、歌が上手な人をよく見かけます。
私は小学校5年生の時に「声変わり」をして以来、急に学芸会で独唱をさせられるようになりました
中学時代には或る企業の「のど自慢大会」に音楽の先生が私に無断で出場を申し込み、初めて大勢の前で大人に混じって楽団の生演奏で歌いました。
そこで優勝して県大会へ、さらに九州大会でも優勝してついに東京で行われた全国大会まで行きました。
30代後半には友達が、或る会社が主催する「のど自慢」に1人で出るのが気後するというので、私も一緒に応募したことがありました。
彼は予選敗退し、私だけが本戦にでて毎週TVで放映されました。
こののど自慢は、売れない?プロも参加できるもので、毎週10人ほどの中からその週のチャンピオンが決まり、勝ち抜いているグランドチャンピオンとの一騎打ちに勝ち、10週勝ち抜けばプロ歌手になれる!というTV番組ののど自慢でした。
私はグランドチャンピオンとして毎週勝ち抜きましたが、9週目で女性に敗れました。
その際、審査員長だった吉田 正(故人)という作曲家から「うちへ来て、少し勉強してみないか?」と誘いを受けましたが、その時には既に会社を興して波に乗りかけていましたので、丁重にお断りしました。
もし歌手にでもなっていたら?
・・・今頃は売れない歌手で、ドサ廻りをしていたに違いありません。
現在は年に何回か、ギターとアコーディオンが得意な友人達を誘って老人施設の慰問をしたり、年間5,6回しか行かないカラオケスナックで唸る程度です。
他に得意なのは、運動全般でしょうか?
中学生の頃からスポーツに明け暮れて来ました。
足は人一倍速く、特に<球技>は全て覚えも上達も早かったように思います。
ゴルフはあっという間にシングルになりました。
ゴルフのレッスンプロは、大事な事を教えてしまうと自分の飯の喰い上げになるので、「ココ!」といったポイントは教えないものです。
私は「みんなが上手になればいい!」と思っていますので、頼まれたら無料で教えています。
ゴルフは1日仕事ですから、時間的に無理かもしれませんが、もし、お好きなようでしたら一度カラオケにもお付き合いしましょうか?
ただ、私は今風の洒落た歌は歌えません。
昭和の古い歌謡曲しか歌えませんし、50を過ぎて気管支喘息を発症しましたので、今では誤魔化し誤魔化しでしか歌えません。
それでよろしければ^^;
<今の人生が私にとっては最良>だと思っています。
仕事以外に何か一つでも開花していたらまた違う人生もあったのでしょうが、決してうまくいっていたとは思えません。
願わくば、婚外恋愛が出来る女性と巡り逢いたいとは思いますが、それは贅沢ということかもしれません。
私が望んで歩いてきた人生に、悔いはありません(^^)
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