tinc さんの日記
2020
1月
28
(火)
11:06
本文
私はこの15年近く、古典的な作りのアメリカ製のワークブーツを好んで履いている。靴底が厚く踵が高く、爪先にスチールのキャップの入っているというのが共通点だ。履いた感じは硬く重く、製法が古いので強い雨などの時は簡単に浸水する。当然こういうものを履く実利は皆無といってよい。好きだからわざわざ履いているのである。
とはいえ、最初は実利と呼ぶべきものを志向していた。十代後半の私は自分が小柄(今でも170cmしかない)であることを気にしていて、踵の高い靴を履くと少し気分も変わるのではないかと思って初めての一足を買った。確かに気分は変わったが期待とは異なった複雑な方向へ変わり、少し見た目がよろしくなって嬉しいという気持ちと、つまらぬごまかしをする恥ずかしさとが入り混じった心持ちにその後何年か悩み続けた。悩みながら履いた。ブラシをかけたり磨いたりオイルを入れたりした。靴紐を違う色や素材のものにしたり、中敷きをいろいろ試したり、踵や底が減ったら靴屋さんへ依頼して様々の底材を張ってもらったりした。靴に被さるジーンズの裾の幅がどれくらいだと良いか気になって、ジーンズを何本も買った。つまりべらぼうに楽しかった。そして今も同じことをして楽しんでいる。若かりし頃にあった複雑な葛藤はもうどこかへ行ってしまって、好きな靴を好きに履ける自由に感謝する日々である。
その私は先日、お世話になっている古着屋さんで、綺麗なイタリア製のブーツを購入した。イタリアの靴は絨毯の上を歩くためのもの、と言われたりもするようだ。確かに見た目も履き心地も普段のブーツとは全く違う。今日はそのブーツに、これもまた普段穿かないストレートのジーンズを合わせた。気持ちが落ち着かなくてむずむずする。そしてそれもまた楽しい。
人間はどんな形をしていてもよいし、どんな格好をしていてもよい。私は誰よりもブーツからそのことを教わっているように思う。
とはいえ、最初は実利と呼ぶべきものを志向していた。十代後半の私は自分が小柄(今でも170cmしかない)であることを気にしていて、踵の高い靴を履くと少し気分も変わるのではないかと思って初めての一足を買った。確かに気分は変わったが期待とは異なった複雑な方向へ変わり、少し見た目がよろしくなって嬉しいという気持ちと、つまらぬごまかしをする恥ずかしさとが入り混じった心持ちにその後何年か悩み続けた。悩みながら履いた。ブラシをかけたり磨いたりオイルを入れたりした。靴紐を違う色や素材のものにしたり、中敷きをいろいろ試したり、踵や底が減ったら靴屋さんへ依頼して様々の底材を張ってもらったりした。靴に被さるジーンズの裾の幅がどれくらいだと良いか気になって、ジーンズを何本も買った。つまりべらぼうに楽しかった。そして今も同じことをして楽しんでいる。若かりし頃にあった複雑な葛藤はもうどこかへ行ってしまって、好きな靴を好きに履ける自由に感謝する日々である。
その私は先日、お世話になっている古着屋さんで、綺麗なイタリア製のブーツを購入した。イタリアの靴は絨毯の上を歩くためのもの、と言われたりもするようだ。確かに見た目も履き心地も普段のブーツとは全く違う。今日はそのブーツに、これもまた普段穿かないストレートのジーンズを合わせた。気持ちが落ち着かなくてむずむずする。そしてそれもまた楽しい。
人間はどんな形をしていてもよいし、どんな格好をしていてもよい。私は誰よりもブーツからそのことを教わっているように思う。
閲覧(2282)
カテゴリー | |||||||||||||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
|
コメントを書く |
---|
コメントを書くにはログインが必要です。 |