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心の旅路 さんの日記
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心の旅路 さんの日記

 
2018
11月 9
(金)
09:59
七十三年前の話
本文
今から、七十三年前、
日本を守る為に、
若者が命を捧げた。

彼らは、
十八歳から二十七歳の
若者でありました。

その、若者の代表例として
ご紹介しましょう。


それは固い戦友の絆で
結ばれていた
「千玄室と西村晃」

写真は、
徳島航空隊の西村晃(右端)と
千玄室(その左隣)

裏千家前家元の千玄室と
テレビ番組「水戸黄門」で
お馴染みの二代目黄門役の、

俳優・西村晃は、
若かりしおりに、
学徒動員令により徴集され
2人揃って舞鶴海兵団、
土浦航空隊、徳島航空隊、
串良基地を経て、
鹿屋基地に配属されていた。

鹿屋基地では、
多数の特攻隊員の出撃を見送り、

いずれ自分の特攻出撃の
出番が来る事は覚悟していた。

千玄室はその後、
松山基地に転属になり
特攻機に乗る事なしに
終戦を迎えた。

西村晃は妻子を残して
特攻出撃したが、
エンジンの不調で基地に
引き返し命拾いしている。

2人は連絡を取り合う事も出来ず、
緊迫した戦況では、

それぞれ相手が、
戦死したものと思っていた。

戦後、しばらく経ってから
俳優をしていた西村晃は、
文部省の前でデモ行進していた

その場に、たまたま居合わせた、
千玄室を見かけ、感動の再会を
したのである。

鹿屋基地に多数いた
特攻隊員の中で生き残った
数少ない2人だった。

2人の固い戦友の絆は
その後も続き、

将来、どちらかが、
亡くなった時は、
存命の者が葬儀を
取り仕切る約束を交わした。

後年、西村晃の葬儀では
千玄室が葬儀委員長を
努めたのありました。

鹿屋市にある、
平和の慰霊塔前の広場では、

平和への願いを込めて、
また、尊い命を捧げて、
日本を守って下さった
英霊の御霊の安寧を願って、

大茶会が行われました。

そして、今の私達がこうして、
平和な日本に暮らせるのは、
自らの命を捧げて下さった、
若者の犠牲の上にあることを
忘れてはなりません。

その事を私は伝えかったのです。
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