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風まかせ さんの日記
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風まかせ さんの日記

 
2018
9月 16
(日)
08:43
ベンチの夫婦
本文
定年を通りすぎてから何年たつのだろうか、とKは考えていた。

仕事をやめると、数えるのが億劫になるものだ。妻とは定年前に別れた。学生時代の出会いが激しすぎたのだろうか。


教室を出ると雨が降っていた。教室に戻ってしばらく待っていたら、小降りになったので外に出た。キャンパスを出て、駅に向かった。

しばらく歩くと、雨が激しくなってきた。「Kくーん」。小走りしたとたん、後ろから女性の高い声が飛んできた。

「やっと追いついたわ。傘に入りなさいよ」。山川ゼミの仲間のTであった。

親しいというわけではなく、挨拶を交わすぐらいの仲であったが「気になる」女性であった。

Kのほうが背が高いので、Kが傘を持つことになった。「相合傘」で歩いていると、Tが縁石に足を滑らせ、大声を上げ、Kにもたれかかってきた。

Kは両手でTをささえた。TはKの腕をつかみ、片足で立って、脱げた靴を拾おうとした。

そのときTは体勢を崩し倒れそうになった。Kは強くTを引き寄せた。

するとTの顔がKの目の前にきた。目が合った。KはTにそうっと、唇を重ねた。初めての息の香りが新鮮であった。

唇を離し、何事もなかったように、再び相合傘で歩きはじめた。すると、TはKの傘をさしている腕に手をかけてきた。しばらく行くと、駅前広場に入った。

Tは腕を解いた。駅に入りKが礼を言おうとすると、Tが先に言った。「じゃあね、また会いましょう」
人間って、キスすることによって相手との相性を測ることができると読んだことがある。

このキスをきっかけにTと付き合い、やがて一緒に暮らし、卒業後あわただしく結婚した。

しかしキスの「格言」は外れたようであった。Kは定年が迫ってくると、踏みなれた生活の軌道から放り出されるような不安で、Tが嫌になったというより、不安を感じる自分に嫌気がさして、離婚を考えるようになった。

若ければ、何かの転機に、新しいものがはじまるのだろう。

自由になることは孤独になるもので、近所のお寺の境内を散歩がてらお参りすることが、Kの日課のようになった。

山門をくぐると正面に本堂が見える。手前には常香楼があるのでまず、煙を体に仰ぎ入れる。

今日は、別れたTのことを思い出したせいか、少年のように心がもろくなっているので、煙を胸に迎えた。

本堂を正面に左奥の大師堂がある。大師堂から境内の西に沿って歩くと、釈迦堂がある。

釈迦堂から東に行くと池を経て、山門に戻る。
山門の東には鐘楼があり、そして周辺のお蕎麦屋さんで名物のそばをいただく。これがいつもの散策コースである。

散歩の途中、釈迦堂前の大きな木株に腰をおろし、読みかけの文庫本を広げた。

その釈迦堂横のベンチで、初老の夫婦が、秋の香りを含んだ風を愛でながらくつろいでいる。
夫婦の会話がとぎれとぎれ聞こえてくる。

ふたりの仕草を見ていると、その「やりとり」が、すでに逝った五十年も連れ添った父母のように思えた。

夫の顔には、はびこるような仔細な皺が奔放に走っている。五分刈にした白が目立つ頭髪や、削いだように肉の落ちた頬に、頑固で神経質そうな性格がうかがえる。

妻は、櫛目の通った半白の髪を後ろに結び上げ、「姉さん人形」作りが趣味といったつつましい眼差しをしている。

夫は、おそらく封建的な人で、女は黙って働け、風呂は 女を先に入れると男が出世できないと必ず先に入る。ふたり連れ添って歩いたことは、まずない。用があって、出かけるときは、妻は夫に、三歩下がってついていく。そういう夫婦が目に浮かぶ。

二人が座るベンチの前で、子どもが、首を前後に振る鳩の動作を真似している。このしぐさに、妻は目を細め、夫の肩をたたいて、ちょっと見てごらんなさいと、視線を誘っている。夫は面倒くさそうに、目を向けた。

「それで、検査結果はどうだったんだ」

妻はぜーぜーと喘息のような症状があり、病院で診てもらったところ、肺がんが発見された。早期の発見であったので、肺の一部を削除して、二ヶ月ほどで退院した。

きょうは、手術の半年後の検診で病院にやってきた。

夫は、妻と一緒に医師から「結果」を聞くことになっていたが、夫は「同席」しなかった。

「で?」

「一緒に聞いてくれればよかったのに」

「ああ」

植え込みから、よく太った雉色の猫が、身体を低く構えて鳩を狙っている。それを見て、頬を赤くした子どもたちが猫を後ろから押さえ込んで、用意していた段ボール箱に入れようとしている。妻が、だめでしょ、笑いながらたしなめる。

夫が独り言のように話しはじめた。
「どうなんだ?」

夫が笑っている妻にうながす。
「うん…」

子供は妻のたしなめを聞いて、ふたりが座る階段の二、三段下に転がり込むように座る。

こんどは夫が、「坊や、いくつだ?」と子どに話しかける。子どもは「年長さん」といって、走り去った。

「そうか、大きいな」
夫は独り言をいって腕を組んだ。

「孫のトオルみたいね」
妻が夫に笑いかける。

「再発はしてなかったんだな」

「まあ…」

「行くか」と夫は妻をうながす。

妻はベンチに座ったまま、甘えるように手を向ける。こんなことをするのは、はじめてのことのように、すこしぎこちなかった。
夫は妻の手を握って、妻の身体を自分に引き寄せた。

Kは、老夫婦が去ったベンチを眺めていた。
誰にもわからないふたりだけが理解する言葉で語り合うのは美しいものだと思いめぐらしていた。

そして、目を空に移し、「激しく燃えるような愛」よりも、「そっと包み込むような穏やかな愛」を選べばよかったと思いをめぐらしていた。
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